
当社では就業規則に基づいて春に人事異動を行っているが、対象者のAさんがメンタル不調を訴えてきた。もし、その原因が人事異動にあるとしたら、人事異動を命令した会社は責任を問われることになるの?
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春に人事異動となった社員からメンタル不調の相談を受け、社員の配置転換と会社の安全配慮義務について考えを巡らせる人事担当者さんです。
社員の就業場所や担当業務を変更することは、会社の人事権として認められていますが(もちろん無制限に許されるわけではなく、合理性がなく、権限の濫用にあたる命令は無効になります)、このような場合どのように考えるといいのでしょうか。
そこで今回は、配置転換と安全配慮義務の関係について、詳しく確認していきたいと思います。
配置転換と就業規則

労働契約の締結において「どこで働くのか、どういう仕事をするのか」ということは、社員にとって重要な問題です。
本来ならきちんと取り決めるものですが、日本では「会社のいうとおりにその場所でその仕事をします」ということを前提に、契約を取り交わすのが通例となっています。
そのため、就業場所や担当業務の変更について、社員本人の意に沿わない場合、トラブルに発展する可能性はゼロではありません。
そこで、あらかじめ就業規則に「会社は業務上の必要によって社員に、配転、転勤を命じることがある。社員は正当な理由がない限り、拒否してはならない」との旨を規定しておくと、「会社は包括的な人事異動の権限を持っている」ことを明白に定めたことになります。
労働契約の内容としても明確になるため、事業展開で配置転換や転勤が必要となる会社では、就業規則で定めておくこと大切です。
配置転換と安全配慮義務

厚生労働省は、心理的負荷による精神障害の労災認定基準を定めています(裁判所もこの基準を参考に会社の安全配慮義務違反の判断を行う傾向にあります)。
この認定基準において、業務上の出来事とメンタル不調との因果関係を認定する要件のひとつに、「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること」があります。
具体的な業務上の出来事として「転勤・配置転換等があった」場合、心理的負荷の強度は「中」とされており、これだけでは前述の要件を満たすわけではありません。
ですが、これにプラスして例えば恒常的な長時間労働(1か月おおむね100時間の時間外労働)が配置転換後に生じるなど、その他の事情と相まって要件を満たすと判断される場合もあります。また、「転勤・配置転換等があった」場合でも、下記のような例では心理的負荷の強度は「強」とされています。
- 転勤先は初めて赴任する外国であって現地の職員との話が不能、治安状況が不安といったような事情から、転勤後の業務遂行に著しい困難を伴った
- 配置転換後の業務が、過去に経験した業務と全く異なる質のものであり、これに対応するのに多大な労力を費やした
- 配置転換後の地位が、過去の経験からみて異例なほど重い責任が課されるものであり、これに対応するのに多大な労力を費やした
- 配置転換の内容が左遷(明らかな降格で配置転換としては異例、不合理なもの)であって職場内で孤立した状況になり、配置転換後の業務遂行に著しい困難を伴った
これらの認定基準により、心理的負荷による精神障害の労災認定がなされても、最終的には会社の安全配慮義務違反を否定する裁判例もあります。ただ、社員の精神状態や人事異動に対する捉え方等から、配置転換命令によって社員の心身の健康を損なうことが予見できる場合に、異動対象の社員に慎重な対応を求める裁判例もあり、注意が必要です。
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部下の適性や職場の環境等を考慮して、できるだけストレスの少ない働き方に努める上司(や人事担当者)の役割は大きいと思います。
相談を受けるとついアドバイスしたり、励ましたりしがちですが、心が不調であると、悲観的なものの考え方になっていることもあり、それらが逆効果なこともありえます(「もう辞めたい」などと思っている可能性も)。
もし相談内容が自分では解決できないと考えられる場合には、社内外の専門家(相談機関や窓口)に相談を勧めることが重要です。


■この記事を書いた人■
社労士事務所Extension代表・社会保険労務士 高島あゆみ
「互いを磨きあう仲間に囲まれ、伸び伸び成長できる環境で、100%自分のチカラを発揮する」職場づくり・働き方をサポートするため、社会保険労務士になる。150社の就業規則を見る中に、伸びる会社と伸びない会社の就業規則には違いがあることを発見し、「社員が動く就業規則の作り方」を体系化。クライアント企業からは積極的に挑戦する社員が増えたと好評を得ている。
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