「転勤先が都心部のため物価が高い、今までよりも給料の手取りが減るので手当を増額してほしい」地方の支社へ単身赴任する部下からこんな要望があった。当社では、引っ越し費用の全額の他、単身赴任の場合は月額3万円の手当を支給することになっているのに、これ以上聞き入れないといけないの?(ハウスメーカー勤務・営業課長 談)
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この春から転勤で新しい環境となる人が多い中、転勤する社員、部下の悩みにできるだけ応えたいけれどその要望に困惑する上司や人事担当者も多いようです。
そこで今回は、単身赴任する社員の経済的負担について会社はどこまで考慮するべきなのか、詳しく確認していきたいと思います。
転勤命令とは
多くの企業では就業規則において「業務上の必要により、配置転換、転勤を命じることがある」旨が規定されていると思います。
また、入社時には就業規則を遵守する旨の誓約書が提出されていることも多いでしょう。
これらから、就業規則の配転義務規定が個々の労働契約の内容となり、職務内容・勤務地を決定する転勤(配転)命令権が会社にあるものと、判例の積み重ねによって考えられています。
ですが、個々の転勤命令がその社員との関係上、労働契約において認められた会社の転勤命令権の範囲内にあるかどうかは、ケースバイケースで判断されることになります。
つまり、転勤命令が権利濫用の場合は無効となります。権利濫用性の判断は、次の2点によります。
- 転勤命令の業務の必要性
- (その命令による)社員の職業上または生活上の不利益とのバランス
なお業務の必要性とは、具体的にいえば、社員が適正に配置されているか、能率よく業務が進むか、社員のスキルアップになるか、働くモチベーションが上がるか、仕事がうまく回るか、などによります。「余人をもって代え難い」レベルの「業務の必要性」であることは必要ありません。
社員の負担をどこまで考えるか
裁判所は、社員の不利益の程度について、通常甘んじてうけるべき程度を大きく超えるものではない、として一般的には、転勤命令を有効とします。
社員にとって、転勤によって勤務地は変更となりますが、雇用された企業における社員としての地位は守られるからです。
近年、社員の不利益について会社が気をつけなければならないのは、社員本人の病気療養です。
精神疾患で主治医と長年の信頼関係があり、経過観察が重要であるケースや、難病にかかっており転勤先では専門医が見つかりにくいようなケースでは、社員の不利益は著しく大きいものと判断される可能性もあります。
また、もし転勤がきっかけとなり病状が悪化したときには、会社の安全配慮義務違反が問われるおそれもあります。
もちろん、このような特殊事情がない一般的な病気のケースでは、通常甘んじてうけるべき程度を大きく超えるものではない、として判断されるでしょう。
冒頭の例ではどうなるか
冒頭の例にしても、転勤先での物価アップという事情があるにしても、直ちに転勤命令が無効となることはないでしょう。
仮に配偶者が同じ会社に勤務しているとして、配偶者に転勤の意向を確認する(たとえば夫に「妻が転勤してもOKか?」と確認する)といった配慮ができればベストですが、そこまでのプロセスが要求されるわけではありません。
月額3万円の手当が支給されることですし、社員の不利益に対する代償措置も一応なされていると考えられるでしょう。当人にすれば「手取りが減る」とのことですが、転勤により社員に不利益を全く生じさせてはならないということではありません。
また、ライフスタイル(どこに住むか、何に時間やお金を使うか、など)に対する考え方は人それぞれのため、転勤による不利益の程度は個人ごとに異なります。個別に対応していたなら、かえって不公平となります。人材マネジメントの観点からしても、「手当を増額してほしい」といった個別の要求には応じるべきではないでしょう。
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そもそも人事異動を行う目的は、社員のポテンシャルを引き出すことです。
ですから転勤命令の際には、社員が新たな仕事にやりがいを持ってもらえるよう、会社のこれからの業務展開による異動の必要性、対象社員に新たに担ってほしい役割、選ばれたポジティブな理由や期待している旨を、丁寧に伝えることがポイントとなります。
転勤による不利益ばかりに意識が向いている様子をみると、こういったことが社員本人にきちんと伝わっていないのかもしれません。
上司の方の伝え方ひとつで社員のやる気も変わることを、忘れずにいたいですね。
■この記事を書いた人■
社労士事務所Extension代表・社会保険労務士 高島あゆみ
「互いを磨きあう仲間に囲まれ、伸び伸び成長できる環境で、100%自分のチカラを発揮する」職場づくり・働き方をサポートするため、社会保険労務士になる。150社の就業規則を見る中に、伸びる会社と伸びない会社の就業規則には違いがあることを発見し、「社員が動く就業規則の作り方」を体系化。クライアント企業からは積極的に挑戦する社員が増えたと好評を得ている。
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